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九、|天《あま》の|羽衣《はごろも》

发布时间:2023-03-13 15:25:18

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九、|天《あま》の|羽衣《はごろも》

そんなことで、手紙で歌のやりとりをし、表むき会えないが、内心の親しさをかわしあった。三年ほどたったろうか。

その年の春のはじめのころから、姫は晴れて月の美しい夜に、普通の時にくらべ、考え込むようすだった。心も深く沈んでゆくようだ。

そばで世話をしている人が、やめさせようとした。「月を見るのは、およしになって下さい。あれは夜の暗さのなかにあって、細くなったりもする。からだや心に悪いとされていることです」

しかし、ひまがあり、人がそぱにいないと、月を見て悲しそうに泣いている。

七月十五日の夜の月。なお、これは旧暦であり、十五夜は満月。この次の満月が、中秋の名月で、とくに明るいとされている。

それを眺めるかぐや姫は、悲しがって泣くのが、かなりはげしくなった。そばの人が、竹取りじいさんに、そのことを報告した。「姫は以前から、月を気になさるようすでしたが、最近は普通ではありません。心配です。なにか、よほど思いつめて悩んでおいでのようです。よくない変化があるといけませんので、ご注意なさって下さい」

じいさんも思い当ることがあるので、かぐや姫に聞いた。「月を見て、そんなに深く悲しがるのは、どういう気分からですか。生活が苦しいわけでもないし、男の人たちには思いを寄せられている。楽しがっていいのではありませんか」

姫はそれに答えた。「べつに、悲しがってはおりません。うまく話せませんが、月を見ていると、なんとなく、この世で生きていることに、むなしいような、さびしいような感じがするのです。やめようとしても、押さえられません」

かまわないで欲しいらしい。それから何日かして、じいさんが姫のようすを見ると、やはり元気がない。もの思いにふけり、前よりよくなったようすもない。「なあ、わたしの宝である姫よ。いったい、なにを考えて、さびしがっているのです。心配ごとなら、打ちあけて下さい。できるだけのことはしますよ。それには、話してもらわなければ」「どうしてなのか、わたしにもわからない。どうしたらいいのか、落ち着かないのです。もう少し、待って下さい」「いっそのこと、月を見なければいいのではないかな。おやめなさい、それで悲しくなるのなら」

じいさんの考えは、それぐらいしかなかった。姫は答える。「そうもいきません。夜になると、月は空に出ます。つい、見てしまいます。目がそちらをむいてしまうのです」

それは、だれにもやめさせられない。月の出のおそい時期には、しばらくおさまっていたが、それも限りがある。旧暦の三日、三日月を見ることができるようになり、月が少しずつふくらみはじめると、悲しさをこらえきれず、ため息をつき、泣いたりする。

そばの人たちは、話しあう。「なにかなかったら、あんなに涙を押さえたりはなさらぬはずだ。しかし、だまったままでは、どうしようもない」

じいさん夫婦に告げても、それへの案はなにもなく、おろおろするばかり。

八月の十五夜にあと何日と迫った晩。かぐや姫は、|半《はん》|月《げつ》をすぎてさらにふくらみかけた月を見て、これまでになく激しく泣いた。

これまでは、悲しみをこらえてという感じだったが、いまはあたりかまわず泣いている。竹取の夫婦や、そば仕えの人びとも、驚いて聞いた。「どうしました。わけを話して下さい」

かぐや姫は、泣きながら言った。「ずっと以前から、いつ本当のことを申しましょうか、何回も考えました。けれど、それを知ると、おじいさん、おばあさんが、どんなに悩み、悲しむかと思って、口をつぐんでしまいました。それで、ここまできてしまいました。もう、だまりつづけではいられません。いま、なにもかもお話しいたします」「どういうことか」「じつは、わたくしは、この世の者ではないのです。しかし、妖怪でも、なにかが化けているのでもありません。ここでない場所、月から来た者なのです」「あの、空の月か」「はい。そのかなたから、月を|経《へ》て送られてきました。なにかわけがあって、この国へと来ることになってしまいました。くわしいことは、おぼえていません」「そうとはなあ」「それが今や、もとの場所へと帰らなければならなくなりました。月の方角から、そのことが伝わってくるのです。この十五日の夜がその時です」「なんと」「その夜に、むこうの国から、迎えの人たちが来るのです。このことは、どうにも変えようがありません。このお話をしたら、さぞ、おなげきになるだろうと、ことしの春から思い悩んでいたのです」

姫は泣き、涙にむせんだ。あまりのことに、竹取りじいさんは、息をのんだ。やがて、考えをまとめるように言った。「まさかといったお話だ。涙ながらのそのようすは、でまかせとは思えない。そもそもですよ、わたしは姫を、竹のなかから見つけた。その時には、草の種ほど、小さな小さな姿だった……」

当時を思い出しながら、つづける。「……ここでお育てし、いまは普通の人と同じような大きさになりました。わが子ときめて、悪いわけがない。それを連れ去りに来るなど、だれに許されます。そんなことが、この世にあっていいことでしょうか……」

不満や怒りがこみあげてくる。「……そうか、この世のことではないのだったな。ああ、姫がいなくなるのなら、死ぬのは、わたしのほうだ。生きている気力もなくなってしまう」

じいさんも、泣きながら叫んだ。心の乱れを、押さえきれないらしかった。それにむかって、かぐや姫は言う。「月のかなたの都には、わたくしの父と母がいるはずです。この国には、ほんのしばらくということで、送られてきたようです。それが、こんな長い年月、お世話になってしまいました。むこうとこちらでは、時の流れがちがうのでしょうか、時の感じ方がちがうのでしょうか……」

姫は、ひと息ついてつづけた。「……じつの父や母のことは、なにもおぼえていません。長くここにいたので、ここの国の人という気持ちになってしまいました。自分の国へ帰れるとなっても、うれしいなど少しも思いません。悲しさだけしかありません。それでも、帰らなければならないようです。わたくしのからだの、なかかそとか知りませんが、見えない力でそうさせられてしまうようです」

と姫も、じいさんたちとともに、声を高めて泣く。そばで身の回りのことを手伝っている人びとも、同じようになげき悲しんだ。ずっと親しく、身ぢかにいたのだ。姫の性格は美しく上品だった。あらためて、そのことを感じさせられた。

それが急に、別れなければならなくなったとは。見なれていたとはいえ、なにごとにもかえられない存在だった。そうなると、食事ものどを通らなくなるだろう。またも、涙がこみあげてくる。

竹取の家の人たちが困っているらしいとの話を、ミカドはお聞きになった。使いの者がやってきたが、出迎えたじいさんは、泣きつづけるだけ。

使いの者には、じいさんが心配のあまり、ひどくふけたように見えた。ひげの白さもふえ、しわも深く多くなり、腰もまがり、涙で目がただれている。驚きと悲しみは、人を弱まらせる。

役目として、じいさんに聞いた。「なにか、ひどく思い悩み、悲しんでいるというが、どうなのか。ミカドはたしかめてくるようにと、おっしゃった」

そこで、じいさんは泣きながら、いきさつを申し上げた。「ミカドもお気にかけて下さるとは、ありがたいことです。姫の話によると、この十五日の夜、月のかなたの都から、連れ帰る人たちが来るのです。もし、お力を貸していただけるのでしたら、多くの武士を、よこしていただきたいものです。迎えにやって来た人たちを、つかまえて下さい。お願いです」「そうミカドに報告しましょう」

使いの者は宮中へ帰って話した。じいさんは疲れはて、急に年をとったような外見になっている。空から十五夜に来る人たちを、防いでいただきたいとのこと。

ミカドは、うなずいて言った。「わたしは、一目かぐや姫を見ただけで、忘れられない思いにとらわれてしまった。じいさんはじめ竹取の家の人たちとなると、朝から夕方まで、長いあいだ姫と暮していた。それがいなくなるのだから、いかに悲しがるか、わかるよ。できるだけのことはしよう」

その、十五日となった。

すでに、ほうぼうの役所にミカドの命令が伝えられていた。武士たちも人数がそろえられ、やるべきこともしらされていた。

さしずする|係《かかり》として、中将の|高《たか》|野《の》の|大《おお》|国《くに》が当てられた。もともとは宮中を護るのが役目の武士たち、二千人。それらが、竹取の家へと、さしむけられた。

竹取の家の各所で、守りにつく。まわりの土を盛ったかこいの上、そとや内側などに千人。家や倉や小屋の屋根の上、庭、木のかげなどに千人。

すきまもなしに人がいるのだ。そのほかに、家にやとわれている人たちもいる。弓矢は、その人それぞれに行き渡っている。家のなかでは、女性たちも、姫のために働こうと身がまえている。

で、かぐや姫。厚い壁の倉のなかで、おばあさんが姫を抱いている。じいさんは、きびしく戸締りをした。「これだけ、守りをかためているのだ。天からやって来る人に負けるわけがない……」

窓からそとをのぞき、屋根の上にいる人に声をかける。「……なにかが空のほうで動いたら、どんな小さなものでも、矢でしとめて下さい」

その人は答えた。「やりますとも。われわれは、そのために来たのです。夕方に飛ぶ一匹のコウモリでも、うちおとします。それを、さらしものにしますか」

じいさんは、たのもしく思って喜んだが、かぐや姫は言う。「わたしのために、このようにたてこもり、戦いのための用意をととのえても、あちらから来る人にはかなわないでしょう。忘れていたことが、少しずつ心によみがえってきます」「しかし、これだけの守りだ」「弓矢も、なんの役にも立たないでしょう。いかにとじこもっても、むこうは、たやすく|開《あ》けてしまいます。いまは激しく戦おうと思っていても、いざとなると、その勢いは消えてしまうと思いますよ」

じいさんは、せっかく姫のために人びとが来てくれたのにと、自分をはげますように言った。「力のかぎり、やってみます。連れに来た人がここへ来たら、わたしが飛びかかる。目をこの|爪《つめ》で突いてやる。髪の毛をつかんで、引き倒してやる。着物を引きさき、|尻《しり》を出して、ひっぱたく。みなにそれを見せて、恥をかかせてやる」

かぐや姫は、じいさんの気を静めようと、ゆっくりと話しはじめた。「そんな大声を、お出しにならないで下さい。屋根の上の人たちにも聞かれてしまいます。お気持ちはわかるのですが、あまり取り乱しては、みっともないでしょう。お別れの時なのですから……」

姫は思い出をふりかえる。「……わたくしとしても、これまでのご恩のありがたさに、ゆっくりお礼も申し上げるひまもない。このまま行かなくてはならないのは、心残りでなりません。長くいてもいいきまりだったら、どんなにうれしいことでしょう。それが、そうでないのですから、残念でなりません……」

ため息をつき、つづける。「……育てていただいたのに、なにもむくいてさしあげることができない。むこうの国へ行くのも、そのことを気にし、苦しい気持ちでの旅になりましょう。春ごろから、月の出る夜はそれにむかい、わたくしの願いを伝えようとしました。帰るのを一年、せめて半年でも、あとにしていただきたいと……」

おわびの言葉でもあった。「……それは許されませんでした。そのため、なげいた姿をお見せしてしまいました。ここへきて、大変なご心配をかけ、たくさんのお手数もおかけしました。もう、胸のつまる思いです……」

どうにもならない運命なのだ。「……月のかなたの、あの都では、だれもが美しく、そこでは年をとるということがない。また、心を悩ますようなことも決して起らない。はっきりと思い出せるようになりました。それなのに、帰れるのがうれしくありません。ここの人たちに、親しみを持ってしまったからでしょう。それに、育ての親のお二人を、そのままにして帰るのです。余生のお世話もできないまま。心残りですし、こんな悲しいことはありません」

またも、泣くのが激しくなった。じいさんは、なぐさめて言った。「そう、なにもかも悪い方へと考えたりしないで、元気をお出し下さい。どんなに美しく強い人が来ても、大丈夫ですよ。武士たちがこんなに集まったのは、いままで見たこともない」

防げないわけがないと思っている。

そのうち、夕暮れが過ぎ、夜となる。満月がのぼった。中秋であり、空気も澄んでいる。

時刻は、真夜中ごろになった。

竹取の家のあたりが明るくなり、満月の光が十倍になったようだ。その明るさが、さらに増し、昼かと思えるほど。そばの人の髪の毛も一本ずつ、見わけられる。

その光のなかを、高い空から、何人かの人が雲に乗って、おりてきた。そして、地面から人間の高さあたりの場所に、浮かんだまま並んだ。

これを見ると、家にたてこもった人たちも、そとにいた人たちも、なにかの力で勢いを押さえられたようになった。戦おうという気持ちが、うすれる。

このままではと、なんとか弓矢を手にしようとしても、にぎる力が出ない。いつも勇ましいのがとりえの者が、やっとのことで、矢をはなった。しかし、ちがった方向へ、少し飛んだだけ。

そんなわけで、だれも、さっきまでの心はどこかへ消え、からだも考えも自分のものでないようになり、ぼんやりと顔を見あわせるだけ。

その、地面から浮いて立ち並んだ人たち。身につけている衣服は、たとえようもなくすばらしい。そばに、空を飛べる乗り物も浮かんでいる。その屋根は、絹の|傘《かさ》のようだった。

その人たちのなかの、とくに地位の高いらしい人が、家にむかって言う。「ミヤツコという者、ここへ出てきなさい」

本名を呼ばれ、竹取りのじいさんも、さっきまでの気持ちを失っている。なにかに酔ったような感じで、前へ出る。ひざまずき頭を下げた。

天からのその人は、告げる。「よく聞くのだ。おまえは、とくにすぐれた人でも、とくに世につくした人でもない。しかし、善良な人であり、小さなことで、多くの人びとを手助けした。そのため、姫をしばらくのあいだ、そちらに預けたのだ。それによって、竹のなかから黄金を手に出来、昔とくらべようのないほど、豊かになった。わかったな」「はあ」「そもそも、かぐや姫はだな、われわれの国で、してはいけないことをなさった。ここの言葉では、罪をおかしたとでも言うのかな。そのむくいとして、この、つまらない国へと送られたのだ。もともと、おまえたちとは、つきあえない立場なのに。姫も、それなりに苦しまれたはずだ。もうよかろうと、迎えに来た。めでたいことだ。悲しむべきことではない。おまえには、どうしようもないことだ。早く姫を出しなさい」

思いもよらぬ話で、じいさんは答えて言った。「かぐや姫は、ここでお育ていたしました。二十年ちかくになりましょう。しばらくのあいだとの話ですから、年月がちがうのではありませんか。おさがしのかぐや姫は、うちにいる姫ではなく、別なところにおいでのかたではございませんか……」

じいさんは、無理らしいと知っても、できるだけのことは言った。「……ここにいるかぐや姫は、いま重い病気でございます。出かけることなど、できないでしょう」

相手は、そんなことには答えようともせず、家のほうへと、飛ぶ乗り物を近よせる。「さあ、かぐや姫よ。帰れる時が来たのです。このようにけがれた地、おろかな人の多いところに、とどまっていなくてもよくなったのです。お出になって下さい。どうぞ」

と大声。

たちまちのうちに、|締《し》めてあった戸がひとりでに開く。各所の|格《こう》|子《し》|戸《ど》も、人がさわりもしないのに、みな開いた。

かぐや姫は、おばあさんに抱きしめられていたが、外に出てきた。どうにも防ぎようがない。じいさんは、地面にすわったまま、姫を見つめて泣いている。

かぐや姫は、どうしようもなく泣きつづけている、竹取りじいさんのそばへ寄って言う。「わたくしだって、帰りたくて帰るのではありません。望むようにできないのです。せめて、高い空で姿が見えなくなるまで、見送って下さい」

しかし、そんな気分にはなれない。「そう言われても、見送るというのは別れです。悲しみがつのるだけ。わたしは年寄りだ。このあと、どう生きればいいのです。連れていってもらうわけには、いかないのか」

じいさん、泣くのをやめない。姫も、気の毒と思うが、いい方法も思いつかない。「それでは、手紙を書いて、それを残しておきましょう。わたくしを思い出したら、お読みになって下さい。声を聞くような気持ちに、なれるかもしれません」

そして、泣きながら文を書いた。[#ここから2字下げ]

わたくしも、この国に生れた普通の人でしたら、こんな別れはいたしません。父や母を嘆かせ、悲しませながら行ってしまうようなことは。

ずっとおそばにいて、いつまでもお世話をしたいのです。それは、心残りでなりませんが、やむをえないのです。

これまで着ていた着物をぬぎますので、思い出の品となさって下さい。また、月の出る夜は、それを眺めて下さい。わたくしも、そうして悩んだのです。

わがままなお別れなので、気がとがめます。かなたの国へ帰るのではなく、空のなかへ落ちてゆくような気持ちでございます。[#ここで字下げ終わり]

それを、そばに置く。

天からの人たちは、二つの箱をここに運んできていた。ひとつには|羽衣《はごろも》が入っている。もうひとつには、不死の霊薬が入っている。ひとりが姫に言った。「さあ、|壺《つぼ》のなかの、貴い薬をお飲みになって下さい。この地は、けがれた好ましくない場所です。ご気分も悪くなっていましょう。この薬で身も心も清めて下さい」

さし出す薬を、姫は少しなめて、ぬいで残してゆくつもりの着物のたもとに、残りを入れようとした。年をとったじいさん、ばあさんの役に立てばと。

しかし、そばの天からの人は、それをさせなかった。羽衣を取り出して、姫に早く着せようとする。「もうしばらく、待って下さい……」

と押しとどめて言った。「……それを身につければ、ここの人とわかりあう気持ちが、なくなってしまう。すべてを忘れてしまいます。その前に、もうひとりのかたに、手紙を残したいのです」

書きはじめた姫に、天からの人が言う。「そう、ゆっくりしてはいられません」

ここは、いごこちがよくないのだろうか。「そんな、いたわりのないことを言わないで下さい。ここの人の心を持つわたしとも、別れるのですから」

静かだが、強い声。そして、ミカドへの手紙を書いた。落ち着いてて、急がされているのを気にしないで。[#ここから2字下げ]

この家へ、多くの武士たちを、わたくしのためによこしていただきました。お気持ちは、ありがとうございます。しかし、迎えを防ぐことも、ことわることもできません。悲しい思いですし、心残りでもございます。

このあいだ、宮仕えしないかとのお話がありましたが、おことわりいたしました。それも、このようになる運命でしたので、強い言葉を使ってしまいました。

わがままとお思いになり、お|怒《いか》りになり、ふしぎがられたことでしょう。お会いして、おわびするひまの残されていないのが、気になっております。

今はとて|天《あま》の|羽衣《はごろも》着るをりぞ[#ここから3字下げ]

君をあはれと思ひ出でける[#ここから2字下げ]

この和歌は、かけ言葉もなく、そのまま受け取るだけ。もう今となっては、羽衣を身につけなくてはなりません。すべてとお別れです。ここでの思い出も消えてしまうでしょう。いろいろのことがありましたが、あなたへの親しさは忘れたくございません。[#ここで字下げ終わり]

その手紙に、壺に残っている薬をそえて、武士たちをひきいる者、高野の中将に差し出した。だれも身動きできないので、天からの人が、取りついだ。

そこで、|羽衣《はごろも》が着せられた。

すぐに、心が変った。竹取りのじいさんたちへの、気の毒だ、悲しいことだとの思いは、なくなった。この国への心残りも消えた。羽衣とは、そういう力をそなえている。

姫が乗り物に移ると、それは上へと浮かび、そばの天からの人たちも、ともに空へとむかって、遠ざかっていった。

あとに残された、竹取りのじいさん、ばあさん。泣きつづけ、涙に血がまざるのではと思われるほどだったが、もはやすべてが終ってしまったのだ。

そばの人が、かぐや姫の残した手紙を読んできかせたが、なぐさめの役に立たない。「姫は、いなくなってしまった。もっと生きていたいなど、少しも思わない。なんのために生きるのか。つまらない世の中だ」

気力もおとろえ、すすめられても薬も飲まず、寝たままになり、起きてなにかをしようともしなかった。

中将は、武士たちをひきつれて、宮中へ戻ってきた。ミカドに申し上げる。「天から迎えがやってきました。かぐや姫を守ろうと、戦うつもりでしたが……」

うまくいかなかったようすを、くわしく話した。別れぎわに渡された薬の壺と、手紙とをさし出した。

ミカドはそれをお読みになり、そうであったか、いやで断わったのではなかったのかと、あらためて姫をなつかしがった。なにも食べたくなくなり、音楽や舞いで楽しむこともなさらなくなった。

ある日、ミカドは地位の高い人たちを呼んで、聞いた。「最も天に近いのは、どこの山か」

ものごとにくわしい人が答えた。「|駿《する》|河《が》の国(静岡県)にある山でしょう。|唐《から》や|天《てん》|竺《じく》は知りませんが、この都から行けるところとなると」

そこで、ミカドは歌を作られた。[#ここから1字下げ]

|逢《あ》ふことも涙にうかぶわが身には[#ここから3字下げ]

死なぬ薬もなににかはせむ[#ここで字下げ終わり]

もう、二度と会うことがない。そう思うと涙が流れ、その海に浮かぶような、さびしさだ。べつに長生きしようとも望まない。いただいた不死の薬も、使う気にならない。

役目にふさわしいだろうと、|調《つき》の|岩《いわ》|笠《かさ》という者を呼んだ。月にも竹にも縁のある名前だ。「この歌をかいた手紙と、壺とを持って、|駿《する》|河《が》の山へ登ってくれ。そして、火をたいて、手紙と壺とを燃やしてくれ。思いがとどくかもしれない。ききめがあったとしたら、この国がいつまでもつづく役に立つかもしれない」

その命令で、武士たちを連れて、山の上へむかった。|士《さむらい》に|富《と》むで、富士の山と書くようになった。それは不死の山であり、不二の山でもある。

煙は雲のなかへ立ち昇り、いまも|頂《いただき》に煙のような雲のかかることが多い。

あとがき

やっと、ひと息。

物語が完結したので、ページを改めて最後の章について、いくらか書いておく。

かぐや姫は、天空のかなたの世界の人。当時とすれば、まさに夢にも思わなかった展開だろう。あれよあれよと感じているうちに、天へ帰ってしまうのだ。それまでの伏線が、生きてくる。

いくらかの問題点は残るが、それは仕方ない。たとえば、姫が自分の身の上を、最初から知っていたのか、しだいに思い出したのか。どちらでもいいが、私は後者をとりたい気分だ。

ラストの光景は、映画「未知との遭遇」を思わせる。UFOに関して、私は昔から関心を持っているが、その実体について、まだ判定は下せない。しかし、目撃談のなかには、光に包まれ、戸がしぜんに開くような例が、いくつもある。なにか関連があるのかもしれない。

かぐや姫の帰る先を、私は「月のかなた」と現代訳で書いた。アポロ乗員の撮影した月面写真を見ては、正直いって、そうしたくなる。

しかし、原文によると、かぐや姫も最初は「月」と話すが、日が迫ると「あの国」とか「かの都」と言うようになる。迎えに来た人たちも「天人」であり「月人」ではない。だから、月を経由して来たとも、とれる。

物語の作者も、天のかなたと、ばくぜんと設定したかったのではないだろうか。月を人に似せた話はあるが、それは神話の形をとってである。住民のいる話は、ほかにないのではないか。

このはるかあと、一六〇〇年代の前半、シラノ·ド·ベルジュラックが『月と太陽諸国の|滑《こっ》|稽《けい》|譚《だん》』を書き、月をアダムとイブの楽園とした。ドイツの天文学者ケプラーが、太陽系を思考したのは、一五九五年。話題として、耳にしていたのだろう。

かぐや姫の書かれた時代、月の住民という感覚があったかどうか。満ち欠けもするし、月を見つめるなとの文も出てくる。夜空で目立つ月、そのむこうにとすれば、賢明な進め方となると思う。

その八月十五日だが、少し加筆し 旧暦と説明した。現行の太陽暦より、約一ヵ月、うるう月がその前に入ると、二ヵ月ちかくあとになる。いまの十月という場合もある。旧暦だと、十五日は十五夜、満月だ。

もちろん、原文にはない。明治も半ばすぎに「来年の今月今夜のこの月を」とのせりふの小説が書かれた。太陽暦だと、月が出ないことだってあるのだ。

おひまなかたは原文をもだが、気になったのは、竹取りのじいさんの年齢である。初めのほうで、姫に男性との交際をすすめる時、自分は七十になると言っている。月からの迎えの人には、二十年間も世話をしたと言っている。

ミカドの使いに会った時には、五十なのにふけ込んでいるとの描写がある。

書きうつす時のまちがいとの説もある。それなら、逆に直されてもいいのに、そういう本はないらしい。なにか意味があってとは、思えない。五十五から六十五ぐらいの間の事件と考えたい。二十年間とは、天人への大げさな形容だろう。あるいは、五、六年とすべきかもしれない。

物語では、ひとり三年ずつで順次にととられる形になっているが、普通なら、五人が同時にとりかかるだろう。現代なら、他者との競争の話に仕上げるだろうが、それだと複雑になってしまう。これでいいと思う。

持参した不死の薬。じいさんに渡すのを天人がさまたげ、ミカドになら許す。じいさんには富を与えたから、薬はまだ若いミカドになのか。敬意を表わしてか。ここも、それでいいだろう。他の世界の人の判断なのだ。

ミカドについては、親しみやすい人間に描かれている。その時代は、人口もごく少なかったし、気やすく話せる存在だったのだろう。じいさんだって、直接に会って話せたのだ。帝の字を使いたくなかったのは、そのためである。

想像を絶した発想は、羽衣の作用だ。着ると、すべての思考が一変する。けがれた世から天界へという仏教思想なら、死の意味になりそうだが、そんな印象を与えない。スチーブンソンの『ジキル博士とハイド氏』は、十九世紀後半の作である。

SFの祖、H·G·ウエルズも、タイムマシン、透明人間、巨大生物など、さまざまな空想上の装置や薬や生物を作りあげた。前例だのヒントなどなくても、個人の才能でユニークなものが作れるのだ。

羽衣伝説が先かあとか知らないが、あれは飛ぶ性能が主だ。かぐや姫の作者は、大変な才能である。

羽衣に着がえるところで、私は適当に訳したが、姫は形見にと着物をぬぎ、ミカドへの手紙を書く。どの程度にぬいだか、気にすると、とまどう。すっと読めてしまう部分だが。

結末は、地球人を下級人間としていて、SFのそのテーマの元祖ということになる。いやな気分の効果をねらったのが多い。しかし、ここでは、あっけらかんと終っている。あと味も、とくに悪くない。

|寓《ぐう》|意《い》のないのがいい。作者の才能と人柄のせいだろう。ご自由にお考え下さい。お考えにならなくても、けっこうです。面白い話は、決してなにかを押しつけない。

娘を嫁にやるのも、天に帰すのも大差あるまいと思うが、それは現代でのこと。姫はそのまま家に住み、特定の男性が|通《かよ》ってくる形でもよかった時代である。

あとは解説で。

解説

ひとつの試みとして、私なりの現代語訳をやってみた。心がけた第一は、できるだけ物語作者の立場に近づいてみようとしたこと。

なにしろ、わが国で、はじめての物語だ。その前に、なかったとは断言できない。しかし、わかりやすく、魅力的で、面白かったからこそ、この物語がその栄誉を与えられているわけだ。

もっとも、社会背景も変っている。原文に忠実なようつとめたが、自分なりのくふうも加え、章の終りごとに、ほどほどの補足も書いた。また、改行もふやした。

訳していて気がついたことだが、かぐや姫が天空の外の人であった点を除けば、なんの飛躍もない。竹からの出生、羽衣などは、それに付随したことである。

動物が口をさくわけでもなければ、神仏もこれといった力を示さない。龍だって現実には出現せず、霊魂もただよわず、ラストの不死の薬はぼかしたまま。

そこが、物語として、みごとなのだ。利益や出世の話だけだったら、つまらない話だ。といって、むやみに鬼を出し、化け物を出し、動物を動かしては、ごつごう主義になる。

そりゃあ、超自然的な民話も、ないわけではない。しかし、ごく短いものに限られる。少し長目になると、ルール無視でごたつきかねない。『竹取物語』では、超自然的な発想はひとつだけで、あとは人間的なドラマである。だから、すなおに面白い。そのノウハウを知っていて書いたのだから、この作者はなみなみならぬ人物だ。しかも、前例となる小説がなかったのだから。

紙に筆で、この物語を一気に書きあげたのではないだろう。話すのが好きで、さまざまな物語を作って話し、その反応のなかから手法を身につけ、まとめて書き残すかとの気持ちになった結果と思う。このあとで多く作られたお姫さま物語の、さらに先をいっているようで、私は皮肉さを感じた。

また、描写を極端に控えているのも、特色である。四季の変化のゆたかな日本なのに、それに関連したのが、まったくない。中秋の名月で、私は少し加筆したが。

姫がいかに美人かの描写もなく、思いを寄せる男性たちの年齢、顔つきも不明。心理描写だって、簡単なものだ。最後の章など「泣く」の表現が多出する。

つまり、発想とストーリーとで、人を引き込んでしまうのだ。構成に自信あればこそだ。描写を押さえると、読者や聞き手は、自分の体験でその人のイメージを作ってくれ、話にとけ込んでくれる。

そのパワーが失われると、季節描写や心理描写に逃げ、つまらなくなる。新人の短編の選をやっていると、はじめの部分で夏の日の描写があったりする。読み終って、夏でなくても成立するのにと、点が悪くなる。美人だって、くわしく描写すると、好みじゃないねと、そこで終り。

蓬莱など、中国の神話を引用しているが、作者は信じていないし、それは聞き手も同様だったからだろう。仏教も、あまり関係ない。先駆者というものは、時代に恵まれるといえそうだ。

訳では、もっと熟語を使いたかったが、その限界がむずかしい。蓬莱の玉の枝の細工代の未払いの件。当時は金銭以外の物品でも支払われていた。原文は|禄《ろく》だが、報酬が最も適当と思った。

ほかに原文では、返事とか|功《く》|徳《どく》とか、熟語もいくらか出ている。ふやせば読みやすくなるが、ムードをこわす。自分なりの判断でやるほかなかった。

最も参考になったのは、吉行淳之介訳『好色一代男』(中央公論社)で、訳文とは別に書かれた「訳者覚書」の部分は読んで面白く、まさに同感だった。

そのころの日用語を、対応する現代語になおしただけでは、つまらないものになる。また、なまじ現代でも通じそうな用語には、迷わされやすい。

吉行さんは「さもなき」の形容詞に悩んでいる。「それほどでもない」としたくなるが、調べてみると、むしろ「さも·なし」は強い否定の意味だったらしい。

この『竹取』でも、多くの人は「ともすれば」をそのまま使っているが、現代では意味がずれているし、あまり使われていないのではないか。『竹取』が『一代男』より楽だったのは、前作がなく、パロディ的な扱いがなかったからだ。『一代男』に「兵部卿の|匂《にお》い袋」なるものが出てくるが、だれもブランド名と思うだろう。それが源氏物語をふまえたものとはねえ。

吉行さんが、あえて『一代男』を手がけたのは、なぜか。作者の西鶴が花鳥風月に反逆し、面白さの原点に戻ろうとした点にあるらしい。

訳のむずかしさは、外国文の翻訳体験者がいろいろ書いているので、ほどほどにしておく。

ここで参考にさせていただいた書名を並べ、感謝いたします。

中河與一訳注『竹取物語』角川文庫

昭和三十一年初版。私には読みやすかったが、旧字旧かなで、若い人にはどうだろう。それなりの感情が伝わってくるけど。

野口元大校注『竹取物語』新潮日本古典集成

これは原文を主とし、校注がくわしく、もとのままを味わいたい人には、適切な内容だと思う。

川端康成訳『竹取物語』日本の古典 河出書房新社

昭和四十六年刊。これは川端訳というより、監修というべきだろう。若い人の文らしく、そのかわり自由な調子がある。

田中保隆『竹取·落窪物語』古典文学全集 ポプラ社

学校図書館協議会の選定図書で「です·ます」調である。

三谷栄一編 鑑賞日本古典文学『竹取物語·宇津保物語』角川書店

右の五冊、それぞれ感心させられる個所が多かった。ほかにも現代語訳のあることは知っていたが、あまり手をひろげなかった。

文学辞典、百科辞典にも、それぞれ解説はのっている。私の場合、研究者としてでなく、作者に感情移入するのがねらいだったので、くわしいことは略す。

数十年前に、チベットの民話の中国語訳の本が出て『竹取』と類似部分があると話題になったらしい。ここに一冊の本がある。

金子民雄訳 オコーナー編『チベットの民話』白水社 昭和五十五年。

英国での出版は一九〇六年。かなり古い。まえがきで、中国とインドからの物語が多く、ねをあげている。地方色ゼロとも評している。語り手としては巧みな種族らしいが。

ヒンズー教の影響か、動物のからむ話が多い。中国で『竹取』の原形が発見されない限り、日本からの流入と判断するのが常識だ。『竹取』はストーリーが主で、どこの土地でも通用する話なのだ。私も自作を何回も流用されているので、よくわかる。私の作品は中国語にいくつも訳されているから、いまのチベットで民話あつかいで話されているのではなかろうか。

アメリカ産らしいジョークを読み、面白いと思った。半年ほどしてモスクワから雑誌の編集者が来て、うまい日本語で同じジョークを話した。面白くて作者不明だと、いかに早くひろまるかの、いい例だろう。

それにしても、月とはふしぎな天体である。太陽系の惑星で、これほど大きな比率の衛星はない。しかも、見かけの大きさが太陽と同じ。そのため、日食や月食が起る。

中秋の名月の特色は、前日もその次の日も、月の出の時刻にあまり差がないこと。ほかの季節だと一日ちがうと五十分の差があることもある。

生命の発生も、大海のなかではなく、入江のような場所で、潮の満干によってではないかと思う。人体をはじめ、生物のバイオリズム(周期)は、月に関連している。

その満干だが、地中海では差がほとんどなく、エジプト文明、ギリシャ文明などでは、月の影響とは気づかなかった。メソポタミア文明も同じだが、なにかの力を想像してだろう、占星術をうみ出した。

しかし、有史前の日本では、マレー系、南方海洋系の渡来民族もまざっていたはずだ。理解とまではいかないが、なにかを感じていたかもしれない。貝塚が各地に残っているし。根拠のない仮説ではあるが。

いくらかでも月や宇宙や空想に、そして物語の世界に、親しみを抱いていただければと、あまり解説風でない文章を書いたわけです。|竹取物語《たけとりものがたり》

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